大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和28年(う)3440号 判決

控訴人 被告人 三木輝雄

弁護人 長谷川寛 山崎佐

検察官 八木新治

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金参千円に処する。

右罰金を完納することができないときは金参百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

但し本裁判確定の日より参年間右刑の執行を猶予する。

原審及び当審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人長谷川寛及び同山崎佐作成の各控訴趣意書の通りであるからこれを引用しこれに対し当裁判所は次のように判断する。

山崎弁護人の論旨第一点について。

刑事訴訟法第三百三十五条第一項によれば有罪の言渡をするには罪となるべき事実を判示しなければならないと規定しているが、これは法令を適用する事実上の根拠を明白にするためである。そして罪となるべき事実とは刑罰法令各本条における犯罪の構成要件に該当する具体的事実をいうのであるから、該事実を判決書に判示するにはその各本条の構成要件に該当すべき具体的事実を、該構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明白にし、かくしてその各本条を適用する事実上の根拠を確認し得られるようにしなければならない。然るに原判決は「被告人は――――法定の除外事由がないにも拘らず保健所長に対する死体解剖の許可を受けることなく、昭和二十七年四月十九日午後十時四十分より同十一時五十五分頃までに亘り、右病院外科室において、入院加療中の傷害事件の被害者土橋大(当時二十二年)の死体を解剖したものである」と判示し、死体解剖保存法第二条第一項第二十二条を適用しているのであるが死体解剖保存法にいわゆる死体の解剖とは、医学上の目的で死体の局所又は全身に刃器等を以て損傷を加え、死体の内部構造を観察することをいうと解すべきであることは、鑑定人中館久平の鑑定の結果に徴しても明らかなところであるから、死体に刃器等を以て損傷を加えた場合でも、その目的及び行為の如何によつては、死体損壊と認められる場合もあり、死体解剖と認められる場合もあるのであつて、単に死体を解剖したと判示しただけで被告人が具体的に如何なる行為をしたことを以て死体を解剖したと認定したかを判示しなければ、被告人の所為が果して死体解剖保存法にいわゆる死体の解剖に該当するかどうかを判定することができない。故に死体解剖保存法違反事件の有罪判決に示すべき罪となるべき事実としては、被告人が如何なる目的で、死体の如何なる部分に、如何なる損傷を加え、如何なることをしたかを判示しなければ、罪となるべき事実としての刑罰法令各本条における犯罪の構成要件に該当する具体的事実の判示を欠くものといわなければならない。従つて単に死体を解剖したとのみ判示した原判決は判決に理由を付せない違法があるから論旨は理由があり、刑事訴訟法第三百七十八条第四号第三百九十七条により破棄すべきである。

以上の如く原判決は結局破棄を免れないが、当裁判所は訴訟記録並びに原審及び当審で取調べた証拠によつて直ちに判決をすることができると認めるから、山崎弁護人の論旨第三点乃至第五点について判断を省略し刑事訴訟法第四百条但書により更に次のように判決する。

罪となるべき事実

被告人は医師で富士宮市大宮千四百二十八番地所在の佐野病院で外科診療に従事していたものであるが、昭和二十七年四月十六日夜富士宮市警察署員の依頼により、傷害事件の被害者土橋大(当時二十二年)の左下腹部穿透性刺傷切開手術等をなし、引続き同病院で入院加療中同月十九日午後八時二十二分頃死亡したところ、法定の除外事由がないのに保健所長の許可を受けないで、死因を確認する目的で、同日午後十時四十分頃から同十一時五十五分頃迄に亘り右病院外科室で、右土橋大の死体の下腹部切開創縫合糸を約十二、三糎剪断開腹した上、自ら執刀して右切開創を上腹部に約十五糎位新たに切開を延長し、小腸を牽出してその状況を観察し、次で胃の状況を観察し、更に十二指腸の一部を破り幽門より指を入れ両手で挾んでその状況を観察し、左後腹膜の腫脹部を指で破つて血腫であることを確める等の行為をなし以て死体の解剖をしたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

法律に照すと被告人の判示所為は死体解剖保存法第二条第一項第二十二条罰金等臨時措置法第二条第一項に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、その金額の範囲内で被告人を罰金参千円に処し、右罰金を完納することができないときは刑法第十八条により金参百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。但し情状刑の執行を猶予するを相当と認め同法第二十五条第一項により本裁判確定の日より参年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に従い原審及び当審の分は全部被告人に負担させることとする。

仍て主文の通り判決する。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 工藤慎吉 判事 渡辺辰吉 判事 江碕太郎)

弁護人山崎佐の控訴趣意

第一点原審判決は、理由不備の違法があるので破棄すべきものと思料する。

凡そ有罪判決の理由としては「罪となるべき事実として判文上少くとも判文記載の事実関係から了知し得る程度に判示さるべきことを必要とする」ものである(東京高等裁判所判決時報第四巻第三号刑八四頁所載二八年(う)第一、七〇四号二八、八、一四、東京高裁第七刑事部判決)、そこで原審判決を閲するに被告人の有罪の理由として被告人は法定の除外事由がないにも拘らず、保健所長に対する死体解剖の許可を受けることなく、昭和二十七年四月十七日右病院外科室において入院加療中の傷害事件の被害者土橋大の死体を解剖したものである。と判示認定している。

しかし、この判文記載では、被告人が土橋大の死体に対し如何なることをしたのを「解剖」したものと認定して処罰したのであるか、絶体に推知し得ないのである。死体にメスを加えても、色々の場合があつて、(A)日本の或る地方では、姙婦が死亡した時に、胎児を腹の中に入れたまま埋葬するのは、胎児が可愛想だとか或は不吉が起るとか云つて甚しく忌み嫌い、医師に頼んで姙婦の腹を開いて胎児を出して貰つて、姙婦と胎児とを別々に埋葬するところがある。また死因をたしかめる場合でも(B)或は乳房、子宮、胃腸等に腫脹があつて死亡した場合に、その腫腸が、悪性のもの(癌腫的のもの)か何んであつたか、それが果して死因であつたかをたしかめるために、この腫腸を摘出するとか、又はその切片を採つて、検査する場合がある。この場合には、当然に腹部又は乳房を開割することがある。(C)或は病理学的に解剖することもある。(D)或は死体解剖保存法(以下単に解剖法と略称する)第八条による監察医が解剖することがある。(E)或は同法第二条により解剖する場合がある。(F)或は刑事訴訟法第一六八条により解剖する場合がある等、種々あるが、前記A、Bの場合は決して「解剖」として取扱つてはいない。

叙上の次第であるので、原審判決が「被告人は土橋大の死体を解剖したものである」と判示認定しただけでは、全くわからないのである。況や原審判決が証拠として採用した医師矢沢克已の、腹を切開いて検査した程度のものを解剖と云われるのですか。腸の部分を切開して中の変化を見ていませんからその程度のものを解剖と云われるかどうか疑問ではつきり申上げられません。死体の解剖についてどの程度を解剖と云うのか存じません。内臓を見るには局部的にも切らなければならないがこの様なことは解剖にはならないか、解剖と云うかわかりません。との証言によつて見ても単に「解剖した」と判示しただけでは全く何のことか判らぬのであつて、前記引用した高裁第七刑事部の判決では、原審判決が「被告人は小久保某から販売方依頼を受け交付されたシホン・ベルベット五反を自己に於て保管中鈴木某に擅に右ベルベット三反を代金約七万五千円で売却してこれを横領したものである」との判示認定に対し前記有罪判決の判文記載の要件からして「理由を付さない違法がある」として破棄したほどであつて本件原審判決は、この判決例よりももつと一層甚しく「理由を附していない」ことが明かであるので当然破棄さるべきものであると確信する。

(その他の控訴趣意は省略する。)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例